1. HOME
  2. 中国 【エネルギー全般・政治経済】

中国
【エネルギー全般・政治経済】

【論説】中緬石油ガスパイプラインに中国が払った高い授業料 (13/07/11)
2013/7/18
中国【エネルギー全般・政治経済】

「中緬石油ガスパイプラインに中国が払った高い授業料」
孫興杰 吉林大学国際関係史博士

 6月23日、ミャンマーの首都ネピドーを訪問した楊潔チ国務委員はテイン・セイン大統領と会談した。中国石油天然ガス集団(CNPC)が苦境に陥っている中緬石油ガスパイプライン事業のため協調に乗り出したのである。

 6月4日、CNPCは中緬天然ガスパイプラインのミャンマー国内区間が竣工し、原油パイプラインは94%完成したと発表した。中国の《財経》誌によると、この事業は総投資額50億ドルに上るが、ミャンマーの現地住民やNGOの反対に遭い、未だに中国への石油ガス輸送を開始していない。

 同事業の順調な開始に対してミャンマー政府からの支持を取りつけるため、楊国務委員はパイプライン稼動後に毎年200万トンの原油(パイプライン輸送能力の約10%)と輸送量の20%に当たる天然ガスをミャンマーに供給することでミャンマーの経済と社会の発展を支援することを約定した。当初の構想では、石油と天然ガスは全て中国に輸送し、ミャンマーは通過料を受け取るだけであるとされていた。

 中国の国有企業は経済発展から取り残されたミャンマーに巨額の投資を行い、歓迎と優遇を受けていたはずであった。然るに事業の実施において何故に度重なる困難に遭っているのか。振り返って見ると、中国の大手国有企業はミャンマーの政治動向に対する判断を誤り、対応策を間違え、高価な代償を払うことになったと考えられる。

 2007年以降、中国資本が急速にミャンマーに入った背景には、当時の中国とミャンマーの緊密な政治関係がある。中国は国連安保理において英米等が提出した対ミャンマー制裁案を否決し、そのためミャンマーのテレビ局は番組を中断して中国に謝意を示した。ミャンマー軍事政権と西側の関係悪化は中国国有企業のミャンマーにおける事業にチャンスをもたらし、これにより一連の大型プロジェクトが契約された。2009年、中国とミャンマーは《中緬原油・天然ガスパイプラインの建設に関する政府間協定》に調印した。中緬パイプラインは誕生の当初から強い政治色を帯びていたのである。

 しかしながら、2010年11月、ミャンマーは多党制による選挙を実施し、軍事政権は権力を文民政府に移管し、ミャンマーの急速な民主化プロセスが始まった。前首相のテイン・セインは大統領に就任し、民主派の旗手であるアウンサン・スーチーを釈放するとともに、その政界への復帰を認めた。連邦制国家であるミャンマーでは地方政府が経済・社会事務に対して発言権を有している。そのことは軍事政権時代には十分に表に出ていなかったが、2010年以降、地方政府の発言権は著しく高まった。

 政局の激変により、ミャンマーに投資した中国国有企業は次々と苦境に陥った。2011年9月、中国電力投資集団が投資し中国水電集団が建設を受注したイラワジ河ミッソン水力発電所事業は、テイン・セイン大統領が現地住民の意見を尊重することを理由に中断した。同事業の予算は36億ドルに上り、中国企業2社が大きな損失を被った。中国兵器工業集団傘下の万宝鉱産有限公司はミャンマー北部Letpadaungの銅鉱事業に10億ドルを投じたが、停止、再開、再停止の紆余曲折を経て、最終的にミッソン水力発電所と同じ運命から逃れられず、2012年末には全面的に中断された。

 中国国有企業のミャンマー投資事業の挫折には、何よりもミャンマーの政治リスクに対する認識が決定的に不足していたことがある。特に同国は軍事政権から民選政府への移行期にあり、政治動向には様々な不確実性が付きまとう。多くの中国企業は、西側諸国の企業が足を踏み入れようとしないかそうすることが出来ない国や領域で自身が優位にあると見て、進出可能であると考えたが、海外で長年の経験を有する国際企業が進出しようとしないのは往々にして収益に比べてリスクが過大であると評価していたからであることを見落としていた。

 事前に精緻かつ慎重にリスク評価を行うことは投資事業の必修科目であるが、中国企業のほとんどはこの過程を軽視し、現地の風土や人情、習俗、タブーなどについて十分な理解を持たない。ミッソン水力発電を例に取ると、現地住民には山や川を信仰する伝統があり、ダムを建設して発電を行うことはタブーに触れ、現地のコミュニティの強い反対を招くことになった。

 ミャンマーは植民地から独立した多民族国家であり、国家統合の能力は相対的に低い。ミャンマー北部は内戦が断続し、ラカイン州では仏教徒とイスラム教徒の衝突が絶えない。中緬石油ガスパイプラインはミャンマー国内区間が全長770キロ余り、ミャンマー南部の港湾から北に伸び、ミャンマー北部で雲南省瑞麗から中国に入る。ミャンマー北部は銃声が絶えず、パイプラインの安全を確保するのは決して容易なことではない。衝突の当事者がもしパイプラインを襲撃目標にした場合、CNPCはどのように対応するのだろうか。
 
 中国国有企業のミャンマーにおける最大の失敗は「上層路線」に依存する運営構想にある。中国の大手国有企業は国内において政府の強力な行政支援と金融支援を受け、その種の支援に頼ってマーケットを占めることに慣れきっている。彼等がミャンマーに進出する時も、中国国内市場における優位をそのままコピーして、ミャンマー中央政府の支持を取りつけるという「上層路線」を取り、軍事政権の支援があれば、全てが丸くおさまると考えていた。

 しかし、「上層路線」を取った結果の一つは、パイプラインが経由する地方政府とコミュニティに対する認識が事業計画や契約レベルにおいて欠落していたことである。CNPCがミャンマーの現地住民と直接接触したのは、2010年6月にパイプラインが着工され事業建設が実施段階に入ってからである。CNPCは予想外の抵抗に遭い、工期は先延ばしになり、建設費は予算をオーバーした。ミャンマー政府は毎年1,300万ドル余りの通過料を得るが、環境コストを負担する沿線のコミュニティや住民にはほとんど何の利益もない。中国資本とミャンマー政府が手を取り合って巨大な利益を掠め取ることに対する現地住民の不満の情も推して知るべしであろう。
 
 ミャンマー軍事政権の権力交代後、中国企業の「上層路線」はますます弱点を露にした。軍事政権が権力にある間は、中国国有企業の事業推進のため上から下への圧力をかけることも可能であった。しかし、ミャンマー政府が集団で「軍装を脱ぐ」と、中国国有企業と軍事政権の親密な関係はむしろ負担になった。軍事政権に不満を抱いていた民衆は中国の投資を軍事政権の利益同盟として敵視し、中国が投資した石油ガスパイプライン、銅鉱、大型ダム等の事業はミャンマー現地のNGOや民衆の抗議と抵抗にさらされることになった。

 こうした状況を受けて、CNPCも梃入れを図るため、2,000万ドルを投じて学校、幼稚園や病院を建設した。しかし、中国企業のこうした措置も依然として「上層路線」方式であることに変わりはなかった。カネはミャンマー中央政府に渡り、政府がどのような資金を分配するかは無頓着であった。ミャンマー政府が建設するインフラがパイプライン経由地区の庶民に恩恵を及ぼし、CNPCが民衆の支持を勝ち取ることが出来るとは限らなかった。

 中国企業のミャンマーでの挫折や中緬関係の冷却化の一方で、多くの諸国がミャンマーとの関係や商業往来を高めるよう模索し始めた。昨年以降、西側諸国の政府要人のほとんどはミャンマーに足を踏み入れ、米国のオバマ大統領や日本の安倍首相が相次いでミャンマーを訪問し、ミャンマーのテイン・セイン大統領も米国と日本に歴史的な訪問を果たした。ミャンマーの水力発電資源は豊かであるが、開発は容易でない。日本の対外援助機関は村を基礎とする小型水力発電開発をミャンマーに提案した。1つの村に必要なのはわずか5万ドルであるが、こうした方式は現地住民からは中国資本よりも歓迎される。

 50億ドルという投資はCNPCのような巨大企業にとっても小さな金額ではない。中緬石油ガスパイプラインが所定の時期、所定の量で稼動することが出来なければ、CNPCに深刻な債務負担と経済損失をもたらすことは必定である。

 中国の資本輸出は、所在国の中央政府と良好な関係を保つ「上層路線」のみに頼ってはならない。地方政府、社会組織や住民の承認を得ることが必要である。「上層路線」は「基層路線」とペアでなければ効果を上げられない。この道理は中国国有企業が天の時と地の利を備える中国国内市場にも当てはまる。中緬石油ガスパイプラインの下流の付帯事業であり、年産65万トンのPX生産も含むCNPC昆明1,000万トン製油事業は今年5月、昆明市民の集団抗議デモに遭い、「上層路線」の弊害を改めて露呈した。

 しかし、CNPCの廖永遠副総経理(副社長)が5月にミャンマーを訪問してテイン・セイン大統領と会談したことや、前述の楊国務委員の6月末のミャンマー訪問などを見る限り、CNPCは依然として「上層路線」と利益譲与に立脚して事業の稼動を推進しようとしている。中緬石油ガスパイプラインはいつになったら中国への石油とガスの供給を開始するのか。稼動しても設計上の輸送量に達することが出来るのか。輸送コストも算入したエネルギー価格で競争力を持つことが出来るのか。いすれも未知数である。

 (華夏記者網 7月11日)